病院がなかった時代、病気になったらどこへ行ったのか
公開日:2026-09-05
近代的な病院が日本に誕生したのは明治以降のこと。それ以前、人々が病気になったとき頼った場所と人は、今とは全く違っていた。
熱が出たら病院へ行く。今では当たり前のことが、歴史的にはそれほど古くない習慣だ。
近代医学に基づく病院が日本に誕生したのは明治時代のことで、それ以前の人々が病気になったとき頼ったのは、漢方医・神社仏閣・そして地域の知恵だった。
今、当たり前にあるもの
現代の日本には約8,500の病院と約10万の診療所がある。国民皆保険制度により、誰でも比較的低コストで医療を受けられる。救急車は無料で、24時間対応の救急病院も各地に整備されている。
MRI・CT・血液検査・内視鏡など、体の内部を見る技術は飛躍的に進化し、かつては原因不明だった病気も診断できるようになった。
それがなかった時代
江戸時代に人々が最初に頼ったのは「町医者(まちいしゃ)」だ。漢方の知識を持つ医師が地域に住み込み、往診(おうしん)で患者の家を訪ねた。薬は主に生薬(しょうやく)を煎じたもので、脈を診て病状を判断する東洋医学的な診察が行われた。
しかし医師の数は少なく、費用もかかったため、庶民は神社仏閣に祈願することも多かった。病気の快癒を願う絵馬は今も神社に残るが、かつてはそれが医療の代替として機能していた部分があった。
「薬師如来(やくしにょらい)」を本尊とする寺は全国に多く、参拝すると病気が癒えるという信仰があった。また地域の産婆(さんば)が出産を取り仕切り、地域の長老が薬草の知識を伝えるなど、医療は共同体のなかに分散していた。
どう変わってきたか
明治政府は近代化の一環として西洋医学を導入し、1874年(明治7年)に「医制」を公布した。これにより従来の漢方医は段階的に排除され、西洋医学の資格制度が整備された。
東京大学医学部(当初は東京医学校)を中心に西洋医学の教育が進み、ドイツ人医師を招いて外科・内科の近代的技術が伝えられた。日本赤十字社が設立されたのも1877年(明治10年)のことだ。
戦後の1961年に国民皆保険が達成され、医療へのアクセスが大幅に平等化された。
病気と向き合う方法の変化
病院のない時代、病気は「自然の摂理」として受け入れられる部分が大きかった。
現代では医療技術の進歩により、かつては致命的だった病気が治療できるようになった一方、「完全に治る」ことへの期待が高まり、医師と患者の関係が変化している。
病院が「病気を治す場所」として存在すること自体、長い歴史のなかでは非常に新しいことだ。