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海水浴がなかった時代、海は怖れるものだった

公開日:2026-08-27

海水浴がなかった時代、海は怖れるものだった

夏に海水浴をする。この当たり前の前には、海を「療法の場」として医師が処方した時代がある。

海水浴が日本で一般化したのは、明治時代以降のことだ。

夏になれば海水浴場が賑わう。泳ぎ・日焼け・波遊びを楽しむことは今では当たり前だが、海に入ることを娯楽として楽しむ習慣は、日本では比較的最近のものだ。

今、当たり前にあるもの

現在の日本には全国に海水浴場があり、夏の観光・レジャーの定番となっている。サーフィン・シュノーケリング・スキューバダイビングなど海での活動も多様化した。

水着のデザイン・サングラス・日焼け止めクリームなど海水浴文化に関連する商品市場も大きい。

それがなかった時代

海は長い間、「危険な場所」「霊的な境界」として敬われるものだった。

農耕・漁業を生業とする人々にとって、海は嵐・溺水・危険な生き物の住む場所だった。漁師は海に生計を依存しつつも、常に海の恐ろしさを意識して生きた。

「泳げる」ことはあっても、それは漁・船の修理・緊急時のためのもので、娯楽として海に入るという発想は薄かった。海で体を洗うことは銭湯・川・井戸の水でまかなわれていた。

「海水浴は療法」だった時代

ヨーロッパでは18世紀後半から「海水浴(sea bathing)は健康に良い」という医学的言説が広まった。

イギリスの医師たちが「冷たい海水に浸かることが神経を強化し、様々な病気を治す」と主張し始め、上流階級の間で「海辺で療養する」文化が生まれた。イギリスのブライトン・フランスのビアリッツなどが保養地として発展したのはこの流れからだ。

「医師が処方する海水浴」という奇妙な時代が、近代的な「海水浴場」文化の起源にある。

どう変わってきたか

日本には明治時代、西洋の「海水浴は健康に良い」という考えが医学的知識として伝わった。

1885年(明治18年)、松島(宮城県)に日本最初の「海水浴場」が開設されたとされる。当初は療養目的の「海水浴」で、医師の指導のもと決まった時間・方法で海に入るものだった。

明治〜大正にかけて鉄道の発展で海辺へのアクセスが改善され、大正〜昭和にかけて海水浴が大衆の娯楽として定着した。水着・パラソル・海の家という海水浴文化のセットが完成したのは昭和中期だ。

「怖れ」が「楽しみ」に変わるとき

海が「怖れる場所」から「楽しむ場所」に変わったのは、技術(安全な水着・救助体制)と意識(療法から娯楽へ)の変化が重なったからだ。

それでも海は今も危険で、毎年水難事故が起きる。「楽しむ場所」になっても、海が持つ本質的な力は変わらない。「海は怖れるもの」という感覚は、現代の「楽しむ場所」という認識の下に、薄く残っているのかもしれない。

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