地下鉄がなかった時代、都市の移動はどれほど混雑していたのか
公開日:2026-09-08
東京の地下を走る路線は今や300km以上。しかし地下鉄が生まれる前、都市の人々は地上だけで移動していた。
東京の地下には、13路線・300km以上の地下鉄が走っている。
朝の通勤時間に乗り換え駅で人々が流れる光景は、地下鉄なしに成立しない。しかし地下鉄が東京に登場したのは1927年のことで、それ以前の都市は地上だけで人と物を運ぶしかなかった。
今、当たり前にあるもの
東京の地下鉄は東京メトロと都営地下鉄を合わせて285駅・301kmに及ぶ。1日の利用者数は約900万人に達し、世界最大級の地下鉄ネットワークのひとつだ。
ICカード(Suica・PASMO)による改札はシームレスになり、乗り換え案内アプリと連携した移動が当たり前になった。エレベーター・ホームドアも整備が進み、バリアフリー対応も広がっている。
それがなかった時代
地下鉄が開通する以前の東京(大正時代まで)の都市交通の主役は「市電(しでん)」だった。路面電車が市内を縦横に走り、1925年時点で東京市電は路線総延長210kmに達していた。
しかし市電は道路上を走るため、自動車・馬車・人力車・自転車・歩行者と混在し、交通渋滞は慢性的な問題だった。雨の日は道路が泥になり、電車の遅延も頻発した。
明治時代の東京市内を行き来するには、人力車に乗るか徒歩が基本だった。山の手と下町の間など、距離のある移動は1時間以上かかることもあった。
どう変わってきたか
日本初の地下鉄は1927年(昭和2年)に開通した東京地下鉄道の上野〜浅草間(現在の銀座線の一部)だ。東洋初の地下鉄として話題を呼び、開通初日には5万人以上が乗車した。
当初の地下鉄は乗り物というよりも「見世物」の側面もあり、地下に潜るという体験自体が新鮮だった。その後1934年に渋谷まで延伸され、現在の銀座線の骨格が形成された。
戦後の高度経済成長期に人口が急増する東京では地下鉄建設が加速し、路線が次々と延伸・開業した。地下鉄の発達は郊外鉄道との相互直通運転を生み、東京圏の広域通勤圏を形成する基盤になった。
都市の縦方向への拡張
地下鉄の登場は、都市が「地下」という新たな空間を開拓する始まりでもあった。
現在の東京の地下には鉄道だけでなく、地下街・共同溝・地下河川・電力ケーブルなど膨大なインフラが集積している。大手町〜新宿間の地下を歩いて移動できるほど地下空間が発達した都市は、世界でも東京が屈指だ。
地上の景観が守られているように見える東京の一部は、都市機能が地下に「埋まっている」から成立している面がある。