砂糖がなかった時代、甘さは最高級の贈り物だった
公開日:2026-08-10
料理に砂糖を使うのは当たり前だ。しかしかつて砂糖は、戦国武将が外交に使う貴重品だった。
砂糖が日本の庶民に広く普及したのは、江戸時代後期から明治にかけてのことだ。
甘いものを食べる・飲み物に砂糖を入れる・料理に使う。砂糖は今では最も身近な食材の一つだが、その歴史を振り返ると、人類が甘さに対してどれほど強烈に惹きつけられてきたかがわかる。
今、当たり前にあるもの
現在の日本では砂糖(上白糖・グラニュー糖・三温糖・黒砂糖など)がスーパーで安価に手に入る。菓子・飲料・加工食品のほぼすべてに使われており、過剰摂取による健康問題が議論されるほど普及している。
砂糖の過剰消費を避けるために人工甘味料・低糖質食品が普及しているという逆説的な状況も生まれている。
それがなかった時代
砂糖が輸入品・高級品だった時代、日本の甘味の主役は「甘葛(あまかずら)」「水飴」「蜂蜜」だった。
甘葛は植物の樹液を煮詰めたもので、平安時代の貴族の嗜好品だった。蜂蜜は採取できる量が限られ貴重品だった。一般庶民が日常的に口にできる甘さは非常に限られていた。
砂糖は奈良時代に中国から伝来したとされるが、当初は薬として使われた。甘いというよりも「薬効のある高価な物質」として扱われたのだ。
戦国武将と砂糖外交
戦国時代から江戸初期にかけて、砂糖はポルトガル・スペインとの南蛮貿易で輸入された最高級品だった。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康ら戦国武将が外交の場で砂糖を贈り物にしたことが記録されている。砂糖は外国の珍しい食材というだけでなく、相手を厚遇する意思を示す「外交的シグナル」としての役割を果たした。
南蛮菓子(カステラ・金平糖・ビスケット)がこの時代に日本に伝わり、砂糖を使った西洋のお菓子が「異国の豊かさの象徴」として受容された。カステラが今も長崎の名産であることは、この南蛮貿易の痕跡だ。
どう変わってきたか
江戸時代を通じて砂糖は高価な輸入品だったが、8代将軍・徳川吉宗が国産化を奨励したことで、サトウキビの国内栽培が始まった。それでも庶民に手が届くものではなく、「砂糖を贅沢品ではなく日常品として使える」ようになったのは明治以降だ。
明治政府が台湾を領有(1895年)し、台湾での砂糖生産が本格化してから、価格が大幅に下がった。昭和初期には砂糖が家庭料理に普通に使われるようになった。
甘さへの渇望は本能だ
人間が甘さを強く求めるのは、進化的な理由がある。甘みを持つ食物は高カロリーで安全なものが多く、苦みは毒物のサインであることが多い。生存のために甘いものを好むよう進化した人間の本能が、砂糖を「何より大切な贈り物」にした。
今は砂糖の「摂りすぎ」が問題になるほど豊かになった。かつての希少性から見れば、夢のような時代だ。