畳がなかった時代、床は板と土だった
公開日:2026-08-22
畳の上に座り、寝転ぶ。この当たり前の前には、畳が貴族だけの特権だった長い歴史がある。
畳が庶民の住まいに普及したのは、江戸時代後期のことだ。
畳の部屋で座布団に座る。ごろんと寝転ぶ。畳の感触・草の香り・夏の涼しさ——日本の住まいの象徴である畳だが、かつてはごく一部の貴族・武士だけが使える特別なものだった。
今、当たり前にあるもの
現在の日本住宅では洋室(フローリング)が増え、畳の部屋を「和室」として一部屋だけ残すケースが多い。新築マンションでは畳の部屋がない物件も増えた。
一方で「置き畳」「フローリングに敷く畳」など現代住宅向けの畳製品も登場し、畳の感触を求める需要は続いている。
それがなかった時代
畳以前、一般庶民の床は「土間」か「板の間」だった。
農民の家では土間が生活空間の大部分を占め、板の間があっても質素なものだった。庶民の生活で畳が使われることはほぼなく、食事・就寝・作業はすべて板張りの上か土間で行われた。
畳の歴史は古く、奈良時代には貴族の邸宅に使われた記録がある。平安時代には「畳を敷いた場所に座る」ことが格式の象徴となり、誰が畳に座れるか・どこに座るかに厳格な礼儀があった。
室町時代に書院造(しょいんづくり)と呼ばれる建築様式が発展し、床全体に畳を敷く部屋が武家に広まった。しかしこれでも庶民には無縁だった。
どう変わってきたか
江戸時代中期〜後期にかけて、畳の製造コストが下がり庶民が使えるようになった。長屋の部屋にも畳が敷かれるようになり、「畳の部屋で暮らす」ことが庶民の当たり前になった。
「六畳間」「四畳半」という間取りの単位も、畳が庶民生活の基準になってから定着した。日本の空間感覚は畳のサイズを基準に発展してきたとも言える。
明治以降、洋室・洋風建築の普及とともに「フローリング」が増えたが、戦後しばらくは一般住宅でも畳が主流だった。洋室の普及が本格化したのは昭和40〜50年代以降だ。
「畳一枚」という豊かさの単位
かつて「畳一枚、寝るだけなら半畳」という言葉があった。人一人が生きるのに必要な空間は畳一枚分で、寝るだけなら半畳で十分、という意味だ。
モノの少なかった時代、畳の上に布団を敷いて眠ることそのものが豊かさの証だった。今は広いリビングにソファがあり、ウォークインクローゼットがあり、個室がある。
畳から始まった「床に座る・寝る・生活する」という日本の空間感覚は、洋室が増えた今も日本人の身体感覚の中に残っている。正座・あぐら・ごろ寝——床との近さは、畳文化が作った日本の身体だ。