水洗トイレがなかった時代、人々は何をしていたのか
公開日:2026-07-03
用を足し、レバーを押す。その単純な動作が当たり前になったのは、日本ではつい最近のことにすぎない。
水洗トイレが日本中に広まったのは、戦後のことにすぎない。
用を足し、レバーを押す。水が流れ、においも汚れも消える。この動作を、私たちは一日に何度も繰り返す。当たり前すぎて、ほとんど意識することもない。しかしこの「当たり前」がどれほど最近のものか、立ち止まって考えたことはあるだろうか。
今、当たり前にあるもの
現在の日本では、住宅の水洗トイレ普及率はほぼ100%に近い。公共施設、駅、コンビニ、病院、学校——どこに行っても清潔な水洗トイレがある。においは少なく、使い終わればすべてが流れていく。
しかしこの状態が「全国的な当たり前」になったのは、1970年代から1980年代にかけてのことだ。今の60代以上の人の多くは、子どもの頃に汲み取り式のトイレを使った記憶を持っている。
それがなかった時代
水洗トイレ以前の主流は、汲み取り式だった。便槽に排泄物をためておき、定期的に業者が回収する仕組みだ。においは夏になると特にきつく、便所は家の端や庭の隅に設けられることが多かった。
江戸時代には、この排泄物は「下肥(しもごえ)」と呼ばれ、農村が都市から買い取っていた。人の排泄物が商品として売買され、田畑の肥料として使われていたのだ。廃棄物ではなく、資源として循環していた。大都市・江戸の衛生がある程度保たれていたのは、この回収の仕組みのおかげだという見方もある。
明治以降も汲み取り式は続いた。夜中にひとりで便所へ行くのが怖かった、という記憶は多くの昭和生まれが持つ。暗く、においがあり、建物の外や端にある——今の感覚からすると、それは別の場所に近かった。
どう変わってきたか
日本に洋式水洗トイレが登場したのは明治時代、外国人向けの施設が先だった。しかし一般への普及には長い時間がかかり、1960年代でも全国の水洗化率は20%台にとどまっていた。
水洗化には下水道の整備が前提となる。下水管を地中に埋め、処理場を建設し、街全体のインフラを整える——それには膨大な時間とコストがかかる。地方の農村部では1980年代まで汲み取り式が当たり前だった地域も多く、都市と地方の格差は大きかった。
現在も、日本全国の下水道普及率は約92%だ。残りの約8%の地域では浄化槽や汲み取り式が使われており、完全な水洗化は今も進行中の話だ。
日本のトイレが、世界を驚かせるようになった理由
水洗トイレは多くの国に広まった。しかし日本はそこからさらに独自の進化を遂げた。温水洗浄便座——いわゆるウォシュレットだ。
国内の温水洗浄便座普及率は現在80%を超える。洗浄・乾燥・暖房・脱臭を備えた便座は、ホテルや公共施設では標準装備に近くなった。しかしこの製品が日常的に使われているのは、世界的に見ると日本と一部の国に限られる。欧米ではほとんど普及しておらず、海外からの旅行者が「使い方がわからなかった」と語ることも珍しくない。
日本メーカーは世界のウォシュレット市場のほとんどを占めている。汲み取り式の便所から出発した日本のトイレが、世界で最も進んだ技術を持つようになった。その距離は、わずか数十年だ。