水道がなかった時代、人々は何をしていたのか
公開日:2026-06-30
蛇口をひねれば水が出る。当たり前すぎて疑問にも思わないその仕組みは、いつ、どうやって生まれたのか。
蛇口をひねれば、水が出る。
それだけのことに、私たちはもう何の疑問も持たない。朝起きて顔を洗うときも、米を研ぐときも、手を洗うときも、水は「そこにあるもの」として扱われている。
では、この当たり前は、いつから当たり前だったのだろうか。
今、当たり前にあるもの
日本の水道普及率は、現在ほぼ100%に近い。蛇口の向こうには、浄水場で処理され、地下のパイプを通って各家庭まで届けられる水がある。料金を払えば、季節を問わず、昼夜を問わず、いつでも安全な水が手に入る。
この仕組みが当たり前になったのは、実はそれほど昔のことではない。
それがなかった時代
近代水道が日本に登場したのは明治時代、1887年(明治20年)の横浜が最初とされている。それ以前、人々は川や井戸から直接水を汲んでいた。
井戸を持たない家では、毎日「水売り」から水を買うか、共同の井戸まで桶を担いで往復する必要があった。水を汲み、運び、保管する。それだけで一日の重要な仕事の一つだった。
さらに、井戸や川の水は今のように管理されていない。コレラや赤痢といった水系感染症が繰り返し流行した記録が残っている。1879年(明治12年)のコレラ大流行では、全国で10万人以上が死亡したとされる。水道の整備は、単なる利便性の向上ではなく、感染症対策という切実な必要から始まった側面が大きい。
どう変わってきたか
横浜に近代水道が引かれたあと、東京、大阪、神戸など主要都市に次々と水道が整備されていった。しかし全国に行き渡るまでには長い時間がかかっている。地方の農村部まで水道が普及したのは、戦後の高度経済成長期、1950年代から1970年代にかけてのことだ。
つまり、今60代、70代の人の中には、子供の頃に井戸水や水汲みを経験した人がまだ珍しくない。「蛇口をひねれば水が出る」が当たり前になってから、まだ数十年しか経っていない地域も多い。
水道管の総延長は、現在の日本で地球を約18周分に相当するとも言われる。見えない場所に、これほどの距離のインフラが張り巡らされている。
世界との違い
この「当たり前」は、世界共通ではない。
国連の報告によれば、2022年時点でも世界には安全に管理された飲み水を自宅で得られない人が約20億人いるとされる。蛇口をひねれば水が出るという状態は、世界的に見れば、決して標準ではなく、むしろ整備が進んだ一部の地域に限られた状況だ。
水を汲みに往復数時間かけて歩く子供たちが、今この瞬間にも世界のどこかにいる。
蛇口の向こうにある水は、当たり前ではなく、整備の結果としてそこにある。