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保険がなかった時代、病気や事故は家族だけが支えた

公開日:2026-08-19

保険がなかった時代、病気や事故は家族だけが支えた

病気になったら保険が使える。この当たり前の前には、リスクを一人で抱えるしかなかった時代がある。

日本で国民皆保険制度が確立したのは、1961年のことだ。

風邪をひいて病院へ行けば保険証を出す。当たり前のこの動作の背景に、「誰もが医療を受けられる」仕組みを作るために積み重ねられた歴史がある。

今、当たり前にあるもの

現在の日本では国民健康保険・社会保険(健康保険)によって、全国民が医療保険に加入している。病院での自己負担は原則3割(70歳以上は1〜2割)で、高額療養費制度により月の医療費負担に上限がある。

生命保険・火災保険・自動車保険など民間保険も広く普及しており、日本の生命保険加入率は世界でも高い水準にある。

それがなかった時代

近代的な保険制度が登場する以前、リスクへの備えは主に「家族」と「地域共同体」が担った。

江戸時代の農村では、凶作・火事・病気などのリスクを村単位で助け合う「結(ゆい)」「講(こう)」と呼ばれる相互扶助の仕組みがあった。「向こう三軒両隣」の関係性が、自然な保険機能を果たしていた。

しかしこれは共同体の外には機能しない。都市で一人暮らしをする人間、家族のいない人間、貧しい人間にとっては、病気・事故・失業は「自己責任」で耐えるほかなかった。

どう変わってきたか

近代的な保険制度はヨーロッパの産業革命とともに発展した。19世紀のドイツで、ビスマルクが世界初の社会保険制度(疾病保険法・1883年)を導入した。労働者の不満を和らげ、社会主義運動を封じるという政治的な目的もあった。

日本では明治時代に西洋の保険制度が導入され、戦前から一部の労働者に保険制度が適用されたが、国民全体をカバーするものではなかった。

1961年(昭和36年)、国民健康保険制度が完成し「国民皆保険」が実現した。農民・自営業者・無職の人も含め、全国民が医療保険に加入する仕組みが整った。

「リスクの分散」という発明

保険の本質は「リスクの分散」だ。

病気になる人は少数でも、どの人が病気になるかは予測できない。全員が少額を出し合い、病気になった人を支えることで、一人が全額を負担するより小さなリスクで医療を受けられる。

この仕組みは数学(確率・統計)と信頼(契約・制度)が組み合わさって成り立つ。「病気になったら支えてもらえる」という安心が、人々の行動・社会のあり方を変えてきた。

今「保険証を出す」という動作の中に、リスクを社会全体で分かち合うという近代の発明が組み込まれている。

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