給湯器がなかった時代、お湯はどうやって手に入れていたのか
公開日:2026-07-06
蛇口をひねれば瞬時に湯が出る。その仕組みが家庭に広まったのは、1970年代から1980年代のことだ。
給湯器が家庭に入る前、お湯を手に入れるには時間と手間が必要だった。
蛇口をひねれば瞬時に湯が出る。料理にも、洗い物にも、入浴にも、今の暮らしでお湯を使わない日はない。しかしこの「当たり前」が家庭に届いたのは、そう古い話ではない。
今、当たり前にあるもの
現在の日本では、ガス給湯器または電気温水器がほぼすべての住宅に設置されている。蛇口を回せば数秒で湯が出る。シャワーもキッチンも、いつでも好きな温度に調整できる。
近年は「エコキュート」と呼ばれるヒートポンプ式の給湯器が普及し、省エネ性能が大幅に向上した。深夜電力を使ってお湯を沸かしておき、昼間に使う仕組みだ。給湯器は目に見えない場所に設置され、意識されることもほとんどない。
それがなかった時代
給湯器がなかった時代、お湯は「沸かすもの」だった。
薪や炭を燃やして水を加熱するのが、長い間の基本だった。台所には「かまど」があり、大きな鍋でお湯を沸かした。沸いたお湯は木桶やバケツに移し、台所や浴室に運ぶ。この工程を毎日繰り返すのは、主に女性の仕事だった。
入浴のためのお湯を用意するのは、特に手間がかかった。「五右衛門風呂(ごえもんぶろ)」と呼ばれる鉄製の風呂釜の底を薪で直接燃やす方式が広く使われていた。薪の調達から火起こし、沸かし加減の管理まで、入浴一つとっても準備に時間がかかった。熱くなりすぎれば水で冷まし、ぬるければ追い焚きをする。
都市部では銭湯がその役割を担っていた。江戸時代から銭湯は都市生活に欠かせない施設で、自宅にお風呂がない家庭では毎日通うことも珍しくなかった。銭湯は単なる入浴の場ではなく、近所づきあいの場でもあった。
どう変わってきたか
ガスを使った瞬間湯沸かし器が日本に普及し始めたのは1960年代のことだ。台所に設置するタイプの小型湯沸かし器から始まり、やがて給湯専用のボイラー式へと進化した。
1970年代から1980年代にかけて、台所・浴室・洗面台をまとめてカバーする給湯器が一般家庭に広まった。この時期に建てられた集合住宅には、給湯器が標準装備として設置されるようになった。
銭湯の数は、給湯器の普及とともに減り続けた。1970年代にピークを迎えた銭湯の数は、その後急速に減少している。自宅でいつでも湯が使えるようになったことが、銭湯離れの直接的な原因だ。
お湯を沸かすことが、女性の仕事だった
給湯器が解放したのは、時間だけでなかった。
薪を割り、火をおこし、お湯を沸かし、運ぶ——この一連の作業は、長い間「家の女性がやること」とされてきた。料理・洗濯・掃除と同じく、お湯の準備は家事の中核にあった。1日のかなりの時間が、熱を作り出すことに費やされていた。
給湯器の普及は、この作業を「蛇口をひねるだけ」に変えた。毎日の数時間が別のことに使えるようになった。家事の時間が短縮されたことは、女性が外で働く選択肢を広げる一つの要因にもなったと言われる。
お湯を手に入れる手間が消えたとき、それを支えていた労働も静かに姿を消した。