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眼鏡がなかった時代、視力が悪い人々はどう暮らしていたのか

公開日:2026-07-23

眼鏡がなかった時代、視力が悪い人々はどう暮らしていたのか

かければ世界が見える。この道具が存在しなかった時代、視力の弱さは暮らしの制約を直接意味した。

眼鏡が発明されたのは、13世紀のヨーロッパのことだ。

かけるだけで、ぼやけた世界がはっきり見える。現在の日本では人口の約半数以上が何らかの視力矯正をしていると言われる。眼鏡・コンタクトレンズは「視力が悪い人」の日常の必需品だが、この道具が存在しなかった時代、視力の問題は現代とはまったく異なる意味を持っていた。

今、当たり前にあるもの

現在の眼鏡は近視・遠視・乱視・老眼それぞれに対応したレンズがあり、累進レンズ(遠近両用)・ブルーライトカット・調光レンズなど機能も多様化している。

コンタクトレンズは1日使い捨てが普及し、ケアの手間が大幅に減った。レーシック・ICL(眼内コンタクトレンズ)などの屈折矯正手術も選択肢になっている。

眼鏡はファッションアイテムとしての側面も強くなり、視力に問題がなくてもだてメガネを使う人も多い。

それがなかった時代

眼鏡以前の時代、視力が悪い人は「見えにくいまま生きる」しかなかった。

近視の人は遠くのものが見えない。遠視・老眼の人は近くのものが読めない。読書・細かい作業・遠くの人の顔の識別——これらが困難になる。現代なら眼鏡で一発解決できる問題が、長い時間制約として生活に影響し続けた。

農作業や大工仕事のような身体労働であれば、ある程度視力が悪くても働けた。しかし文字を読む仕事・職人の細かい作業・商人の帳簿付けなど、視力を必要とする仕事では視力の衰えが死活問題だった。

老眼が進んだ高齢者が「字が読めなくなった」と感じた場合、それは単なる不便ではなく、知的活動からの引退を意味することもあった。

どう変わってきたか

眼鏡の起源は13世紀末のイタリアとされる。当初は遠視・老眼用の凸レンズで、文字を読む修道士や学者が使い始めた。近視用の凹レンズが登場するのは15世紀になってからだ。

日本に眼鏡が伝わったのは16世紀のことで、ポルトガル人の宣教師フランシスコ・ザビエルが大内義隆に贈った記録が残っている。当初は珍品として武家や富裕層に限られた。江戸時代になると国内生産が始まり、徐々に町人にも広まった。

現代のような精密なレンズ加工と度数測定が可能になったのは、産業革命以降の光学技術の発展による。

見えること・見えないことの政治学

歴史的に「視力」は権力と結びついていた。

「遠くまで見える」ことは、軍事・航海・権力の象徴だった。遠くを見渡す塔・望楼・展望台は権力の象徴であり、「誰よりも遠くを見る」ことが統治の隠喩でもあった。

逆に「目が悪い」という状態は、しばしば「知恵者」「内省的な人」のイメージと結びついた。書物を読みすぎて近視になるのは勉強家の証だという考え方が、東アジアで広く共有されていた。現代でも「眼鏡をかけた人は頭が良さそう」というイメージが残るのは、この名残かもしれない。

見えることを「当たり前」にした眼鏡は、認知・仕事・学習の機会均等に静かに貢献してきた。

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