ラジオがなかった時代、情報はどうやって広まったのか
公開日:2026-08-16
音楽や声が空中から届く。その不思議な体験が初めて日本に登場したのは、1925年のことだ。
日本でラジオ放送が始まったのは、1925年(大正14年)のことだ。
スピーカーから音楽や声が流れる。今では当たり前のこの体験が始まったとき、それは「不思議な魔法」として受け取られた。「見えない空気の波に乗って声が届く」——その仕組みを理解しなくても、人々はラジオに魅了された。
今、当たり前にあるもの
現在はAMラジオ・FMラジオに加え、radikoなどのインターネットラジオで、スマートフォンからいつでもどこでもラジオが聴ける。
テレビやインターネットに押されながらも、ラジオは「ながら聴き」「深夜の友達」として独自の存在感を保っている。災害時の情報源としての役割も根強い。
それがなかった時代
ラジオ以前、情報が広まるルートは主に三つだった。新聞・口頭伝達・立て看板(高札)だ。
新聞は印刷・配布に時間がかかるため、即時性が低かった。口頭伝達は「町内の噂話」レベルで、正確さに限界があった。重大ニュースが全国に届くまでに数日〜数週間かかることも珍しくなかった。
大きな事件・災害が起きても、遠方の人々にとっては「噂で聞いた」という状態が続いた。1923年の関東大震災では、被害の全容が全国に伝わるのに数日かかったとされる。
どう変わってきたか
ラジオの技術は1890年代にマルコーニらによって開発され、1920年代にアメリカで商業放送が始まった。
日本では1925年3月22日、東京放送局(現NHK)が日本初のラジオ放送を開始した。当初受信機は高価で、ラジオを持てる家庭は限られていたが、普及とともに価格が下がり、昭和初期には「一家に一台」が目標となった。
ラジオは戦時中、国家の情報宣伝ツールとして活用された。1945年8月15日、昭和天皇の「玉音放送」はラジオで全国に届いた。「音の出る箱」から届いた天皇の声を、多くの日本人が初めて聞いた日だ。
ラジオが変えた「声の力」
文字以前は声が情報の主要な媒体だった。文字・印刷技術の発達で声の役割は縮小したが、ラジオは声を再び遠距離伝達の手段として復権させた。
政治家がラジオで国民に直接語りかける。音楽が家庭に届く。スポーツ中継の興奮が茶の間に来る——ラジオは「公共の声」の概念を変えた。
今でも災害時にラジオの信頼性が高いのは、電力・インターネットが止まっても動くシンプルさにある。デジタル化の中でも、ラジオのアナログの強さは残っている。