手紙が翌日届く、それはいつから当たり前になったのか
公開日:2026-07-02
封筒に宛先を書き、切手を貼って投函する。翌日か翌々日には届く。この仕組みは、意外なほど最近できあがった。
封筒に宛先を書いて、ポストに入れる。
それだけで、翌日か翌々日には相手の手元に届く。料金は一律、どこへ送っても同じ。差出人が誰かを証明しなくても、届け先が知らない人でも、郵便局が責任を持って運ぶ。
この仕組みがない時代、「遠くにいる誰かへ言葉を届ける」ことは、今とまったく違う行為だった。
封筒一枚で全国どこでも
現在の日本の郵便は、全国ほぼ均一の料金で手紙・荷物を届けるインフラとして機能している。2024年時点での普通郵便(定形25gまで)の料金は110円だ。北海道から沖縄まで、同じ金額で送れる。
日本全国に約2万4千の郵便局があり、集荷・仕分け・配達のネットワークが毎日動いている。
「飛脚」と呼ばれた人たちが走っていた
近代的な郵便制度が始まる前、手紙や荷物の輸送を担っていたのは「飛脚」だった。
飛脚は、主に江戸時代に活躍した民間の信書輸送業者だ。江戸・大阪間(約500km)を、継ぎ走りで3〜4日で運ぶことができたとされる。しかしその費用は高く、現代の貨幣価値で数万円に相当する場合もあった。手紙のやりとりは、一部の商人や武士、富裕層が使えるサービスであり、一般庶民には縁遠いものだった。
幕府は「継飛脚」という公的な制度も持っていたが、これは主に将軍家や大名への公用文書を運ぶためのものだった。誰でも使えるわけではない。
明治4年、すべてが変わった
1871年(明治4年)3月、日本初の近代郵便制度が始まった。
前島密(まえじまひそか)が設計したこの制度は、それまでとまったく異なる原則に基づいていた。全国均一料金、誰でも利用できること、料金の前払い制(切手の導入)、この3つだ。
当初は東京・京都・大阪間の3都市を結ぶ路線からスタートし、わずか数年で全国に展開された。切手という仕組みの導入により、料金の支払いと配達の依頼が郵便局に行かなくてもできるようになり、一般の人々が手紙を出す行為の敷居が大きく下がった。
切手1枚が「誰でも使える」を作った
近代郵便でもっとも革命的だったのは、制度そのものより「切手」という発明かもしれない。
切手はイギリスで1840年に世界で初めて導入された。それ以前、手紙の料金は受取人が支払う仕組みが一般的だった。受け取りを拒否できるため、届けても料金を払ってもらえないリスクが業者側にあり、配達の信頼性も低かった。
差出人が先払いする仕組みに変えたことで、配達側は確実に料金を得られ、受取人は料金を心配せず手紙を受け取れる。このシンプルな変更が、郵便を「誰でも使えるインフラ」に変えた。
明治の日本はイギリスの制度を参考にしながら、独自の近代郵便を設計した。封筒に切手を貼ってポストに入れるという行為は、この150年以上前の設計がそのまま続いている。